未来の仕事と子育て by しぃたけ

しぃたけ🍄が、未来の仕事と子育てを考えます!

最期の気づき【短編小説】


この話は、走馬灯、すなわち、オレの寿命が尽きるまでの束の間に気づいてしまったコト、いや、あの変な生き物たちに気付かされたことを語るストーリーだ。

 
◆イチ

まず、オレは小説家を目指している。ただ、応募した作品の評価は極めて低い。オレ自身も、自分の文章を面白いと思っていない。まぁ、それはそうだ。小説家になりたいから小説家を目指そうとしているのではないからね。会社が嫌で勢いで辞めてしまい、小説家以外に出来ることを思いつかなかったから小説家を目指しているという訳だ。そう、そこからも分かるかもしれないが、オレは発想が貧困だ。

もちろん、何かネタはないかと日々情報収集している訳だが、政治の話をしても政治家にコネがあって誰も知らない特ダネをノンフィクションで語れるわけでもない。スポーツの話だとしても、ただの成長物語になってしまうだろう。旅行についても自分自身があまり行かないので、活き活きとした話を描けないだろう。いや、政治とかスポーツとか旅行とか、そういう方向で発想している時点で、自分の発想が貧困であるような気がする。

そんな悩みを日々抱えながら、毎日、夜はベッドに入るのだ。部屋の明かりを消しても、家の外の照明が部屋に入ってくる。だからそれほど部屋は暗くできない。そんな部屋のベッドでぼんやりと天井を見つめているある日の夜、不意に部屋の空中に光る玉のようなものが現れた。体の大きなオレは日頃、特に人に対して怖いという感情を持つことはない。そんなオレでもさすがに、部屋の中の光の玉にはビックリして金縛りに会ってしまった。ただ、それが調子の良い声で話を始めるものだから、その緊張はすぐに溶けてしまったのだが。

「やぁ、高橋さん。お困りのようですね。小説家になるためのパワーを、私から差し上げたいと思います。あ、申し遅れましたが、私の名はイチと申します。」

そう、オレの名は高橋。そして、コイツの名はイチ・・・。ただ、まともな精神の持ち主ならば、いきなりこのようなものと会話をすることはないだろう。訝しげな目でそれを見ていたら、それはさらに話を続けてきた。

「まずは、テーマですよ。テーマ。そのテーマに『おっ、何だそれ』と思わせるような香りがないと、誰も読みませんよ。だから、わたくしイチのほうから高橋さんにそのテーマを考えるパワーを差し上げます。」

そういうと、そいつはオレの胸のあたりを目がけて降下してきて、オレの中に入り込んだようだった。そしてその空間は、元の、家の外の照明が室内をうっすらと照らすオレの部屋へと戻った。

脳が興奮したためか何時間か寝れなかったが、寝起きは早かった。そして、イチの言っていた効果はすぐに現れたようだった。目に映るものが全てネタ、いやテーマか、いやネタでいい、ネタに変わったのだ。

・食費が毎月1万5千円でも、豪華な気分を味わえるレシピ

・らーめんベガスを知ってるか?その狂った店主と対決してみた!

・犬が足を怪我して、家族の関係が狂っていった話。

近頃流行りのブログのネタに近いようにも思えるが、少しアレンジしたら小説のネタとしても使えそうだ。

大学の後輩で田中木というヤツがいて、そいつが出版社に勤めている。だから小説家になることを安易に考えたのだが、その田中木にそれらのネタを話して見た。すると、これまでは生意気に「高橋さん小説家は無理ですよ」と断っていた田中木だったが、今回は「あれっ、高橋さん、垢抜けましたねぇ」とまた生意気ではあったが、良い反応だった。

 
◆ツキ

「何か話の流れを考えてきてもらえます?」と田中木に言われて意気揚々と帰ってきたオレだが、そこで思考が停止してしまった。らーめんベガスの店長とやりあったことを小説にできればと思っていたが、いざ話の流れを考えようとすると、以前の頭の硬いオレがしゃしゃり出てくる感じだ。そのプロットは・・・

・主人公がラーメン屋の店長とつまらないことで喧嘩をする

・主人公と店長が別の場所で偶然出会って嫌な感じだが協力して何かを解決する

・最終的には友情で結ばれる

う〜ん、我ながら、自分でも読む気が起きなさそうなベタベタな話の流れだ。しかし、時間は無慈悲に過ぎ去っていく。オレはベッドに就いた。

「高橋さん」目を開けると、またあいつ、イチがいた。

「いや、私はイチではないですよ。私の名前はツキと言います。」

心を見透かされたようだ。イチと違うといったら違うかもしれないが、ほぼ同じに見える。ただ、発光する玉。

「高橋さんは構成力がないですね。ははは。どのような話を織り込み、それをどのような順序で伝えていったら面白い話になるか。そこの力がないと小説は書けませんよ。だから、わたくしツキのほうから高橋さんにその構成を考えるパワーを差し上げます。」

光の玉がオレの胸に音もなく入っていった。

次の日は朝の5時半起床だ。頭がスッキリしている。というか、小説の構成のアイデアをすでに思い付いていた。

・主人公とラーメン屋店長が喧嘩をする。

・主人公がラーメン屋店長の過去を偶然、知ることになる。少し辛い過去。

・同時に、ラーメン屋店長も、主人公が隠していた過去を偶然、知ることになる。

・二人がすれ違いながら、お互いに過去の深い記憶を理解していく

・最後は、二人ともが人間として成長して、笑顔で再開

過去の設定や心理描写には詳細な設計が必要だろうが、深い作品を描けそうな気がした。あの喧嘩以来、らーめんベガスには行ってなかったが、今回のネタを発想できた感謝の印として、その日の夜に行ってみることにした。

閉店間際にやっかいな客が訪問したことに対してらーめんベガスの店長は浮かれない顔をしていたが、オレの方から過去のことについて謝ってみた。そうすると、店長も根は悪いヤツではないようで、すぐに打ち解けることができた。閉店後、店長と二時間ほど飲み屋で話を行い、そして、店長の過去について聞くこともできた。なんというラッキー。まさに小説のネタじゃないか。

「これ、いけそうな気がしますよ、高橋さん。」数日後の面談時に、田中木が生意気な口ぶりで褒めてくれた。これはすごい進展だ。

 
◆ルノ

「ただ、高橋さんの文章は堅いんですよねぇ。」

 まぁ、すんなりと行くとは思っていなかったが、オレの文体を否定されてしまった。この書きグセを矯正しないことには、小説家にはなれないのだろう。まぁ、薄々とは気づいていたことだが。

もうすでにオレは、完全に、あの光の玉、つまりイチやツキの存在を頼ってしまっていた。夜にベッドで天井を見ながら、光の玉が現れないかと心待ちにしていたんだ。そして、オレがふと眠気を催した瞬間に、そいつは現れた。

「高橋さん、お悩みのようですね。」まぁ、悩んでいる時にこいつらが現れるということはオレの悩みを知っているのだろうから、わざわざそれを言わなくてもいいものを、と思いながら続きを待った。「私の名前はルノです。高橋さんにはね、ユーモアが足りないんですよ。」

オレは苦笑いをした。まぁ、確かにそうなんだ。オレにユーモアのセンスはない。だから、その能力をお前はくれるのだろう?

「だから、わたくしルノのほうから高橋さんにそのユーモアを生み出すパワーを差し上げます。」

次の朝、世の中を見る目が軽くなった。そう、変な表現かもしれないが、オレの感覚としては軽くなったんだ。怒りを発しやすい性格だったのだが、その日の朝から怒りの感情があまり湧かなくなった。そう、誰しもの考えや発言に「そういう考え方もあるな」と思えるようになったことが「心が軽い」と感じた原因なのかもしれない。まぁ、心理学など学んでいないのでそれ以上は分からない。とにかく、オレの心は軽くなった。

そして、文章も軽くなったような気がした。ただ、書き進めるうちに、その原因がわかってきた。オレは文章とはこう書くべきだという変な基準を持っていたのだ。心が軽くなることでなぜかその基準が取り除かれ、心ゆくまま文章を書くことができるようになった。そして、だんだんとユーモアも文章に織り込むことができるようになってきた。ユーモアが文章のテクニックで描けると思っていたオレには、ユーモアには心の持ちようが大切であるということは気づきであった。

とにかく、ユーモアのコツを身につけたオレは、ラーメン屋の話を完成させた。

「高橋さん、これ、プロのレベルに差し迫る勢いですよ。」田中木の生意気も、もはや気にならない。オレは小説家になって、羽振りの良い「先生生活」をしている未来の自分を思い描いた。しかしそこに水を指すように、田中木が注文をつけてきた。

「高橋さん、最後にひとつだけ。読み終わった読者に、終わった〜という感じをもう少し与えたいんですよね。」

 
◆走馬灯

正直にいうと、オレは自分でもその問題を解決できると思っていた。しかし、ここまでくると、最後にもう一回だけ、あの光の玉が何を言うのかを聞いて見たくなった。

期待しながらもベッドでうとうととし始めた時に、光の玉は現れてくれた。

「高橋さん、こんばんは。私をお呼びのようですね。」

「そうなんだ。終わった感を出す能力をオレに与えてくれないか?」

「いえ、今回はやめておきましょう。」えっ、なぜ?これまで助けてくれていたのに。

「高橋さん、その能力を身につけるためにはあることに気づかなくてはならないのですが、それに気づくと、その言葉通りの良くないことが高橋さんの身に降りかかります。」

謎かけのような回答だ。しかし、もうここまで来たら引き返せない。「いいんだ、教えてくれないか。」

「・・・分かりました。教えるというよりも、これまでの三体のことをよく思い出してください。高橋さん、さようなら。」フッと光の玉は消えた。

あの三体がオレにくれた能力を思い出してみる。

・テーマを考えるパワー

・構成を考えるパワー

・ユーモアを生み出すパワー

そう、その通りだろう。その力を得れたからこそ、オレはもう少しでラーメン屋の話で小説を書かせてもらえそうなんだ。だから、ここから新しく気づけることは無いんじゃないか?しばらく考えはしたが、ヒントすらも思いつかなかった。

あの三体。たしか名前はイチとツキとルノ。あいつらからすると普通なのかもしれないが、人間からすると変な名前だな。

変な名前。どうして変な名前なんだろう。いや待てよ。何か意味があるんじゃないか?

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「あっ・・!」しばらくしてから、オレは彼らの名前の違和感と小説の終わった感の極意について、同時に気づいた。

イチ、ツキ、ルノの文字を並べ替えたら、イノチツキル。命尽きる。そう、このような「オチ」が小説には必要なんだ。

そんな思考が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、やがて、おれは意識を失った。

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